CO.HACHIOJI元気な企業インタビュー

第54回 (株)クレステック

顧客第一の思想で、時代をリードする技術を追求

取材先 (株)クレステック(代表取締役社長 大井 英之)

所在地 八王子市大和田町1-9-2

電話 042-660-1195

e-mail info@crestec8.co.jp

URL www.crestec8.co.jp

代表取締役社長 大井 英之さん

「国会図書館の全蔵書を記録できる角砂糖サイズのメモリー」。こんな言葉を聞いて、みなさんはどのように感じるだろうか?ナノテクノロジーによって、こんな夢物語のようなことが、実現できる可能性が出てきている。ナノとは、10億分の1のこと。ナノテクノロジーとは、10億分の1メートル(ナノメートル)単位の世界で、物質を加工する技術なのである。今、ITやバイオテクノロジーと並んで、21世紀の産業競争力の源泉といわれるナノテクノロジーを追求し、日々研究開発を行っている会社が、株式会社クレステックである。今回は、(株)クレステック代表取締役社長の大井英之(おおい・ひでゆき)さんに、ナノテクノロジーに賭ける想いを語っていただいた。

 

 

私たちの未来を拓く、ナノテクノロジー

クレステックは、電子ビームナノリソグラフィー技術をコア技術として、電子線描画装置などの装置の開発・製造・販売を行っている。電子線描画装置とは、電子ビームを用いて、シリコンウェハー、化合物半導体、ガラス、金属などあらゆる材料上に超微細図形を創り出す装置である。その図形は、ナノ(10億分の1)スケールで描き出される。この超微細加工技術は、どのような分野に応用されているのだろうか?

例えば、インターネットでは、光ファイバーの普及により通信速度が急速に高速化している。従来、1本の光ファイバーには、1波の光に信号をのせて情報伝送させるだけだった。しかし、光を幾重にも多重化することで、飛躍的に通信速度がアップするのである。その多波長光源の製造に、電子線描画装置が役立っているのだ。波長多重伝送技術がより高度化すれば、「2時間の映画情報を1秒で各家庭に伝送することができる」ようになるのである。他にも、より小型化、高性能化している携帯電話やモバイルパソコンの頭脳であるICチップへも応用されている。今後、こうした電子デバイスは、小型化、高性能化の一途をたどる。高性能化に伴い、集積回路内の配線は複雑化し、より細く高密度な配線パターンが望まれる。超微細配線パターンを創り出す電子線描画装置は、こうした集積回路の高速化、大容量化を実現するのである。

こうした例にとどまらず、クレステックが追求するナノテクノロジーは、これまで存在しなかった新素材や半導体、バイオ関連製品などをも創り出す可能性を秘めている。まさに私たちの未来を拓く技術と言えるだろう。

     電子線描画装置(上)と、加工例。ナノスケールで、微細な図形が描かれている。
 

 

自分の信念を試すために… ~創業秘話~

       走査電子顕微鏡パターン発生装置(上)と、パターン発生装置による描画例(下)。 大井社長は、大学時代に電子工学を専攻。特にコンピュータによる制御システムの開発が専門であった。この技術を活かし、「電子顕微鏡や電子線描画装置などの機構の自動化を図りたい」というビジョンを持って、大手精密理化学機器メーカーに入社した。持ち前の探求心と技術力で頭角を表し、走査型電子顕微鏡や電子プローブX線組成分析装置などの開発メンバーとして参画。社内でも一目を置かれる存在になっていった。
ところが、「技術色の濃い会社は得てして、世の中のニーズではなく、自分たちが作りたいモノをつくってしまうもの」。大井社長は、そうしたものづくりへのアプローチの仕方に疑問を持ち始めていたのだった。そして、平成7年、自分の“ユーザー志向でものづくりを!”という信念で最先端機器開発をすべく、独立創業を決心。当初は、立川市のオフィスを借りて、志を同じくした5人でスタートを切った。創業メンバーは、それぞれハードウェア、ソフトウェア、電気・機械、応用関係と、「幸運なことに、電子線描画装置を開発するためのすべての人材が整っていた」こともあって、当初から自社製品を開発することができた。かくして“ユーザー志向のものづくり”に向け、上々のスタートを切ったのである。

 

 

ものづくりは、徹底したMarket Inの発想で!

大井社長は、常に「世の中のトレンドを見据えて、製品化していかなくては駄目」と、ユーザー志向、徹底したMarket Inの発想を持ちつづけてきた。その思想は、様々な形で結実している。クレステック創業後初めての大仕事として、大手電機メーカーとの共同開発のチャンスを得ることができた。メーカーが5年かけて開発にチャレンジし、実現できなかった装置を、1ヶ月で実現。クレステックの技術力、製品開発力の高さを証明したのである。その装置にまつわる特許取得の際、大井社長は、「ユーザー志向とは、ユーザーと密着すること」と捉え、メーカー(ユーザー)との共同特許を提案した。加えて、ユーザーとの共同特許にすることで、「アプリケーション側の請求項目も得る事が出来、特許の質が格段に上がる」との狙いもあった。結果として、ユーザーからのフィードバックを得られるとともに、知名度の低いクレステックが、メーカーとの共同開発により、製品の信頼獲得に結びついたことは、大井社長の発想の賜物といえる。
      大井社長が提唱する、「ユーザー志向のものづくり」は社員にも確実に浸透している。
  また、クレステックは、ニーズを捉えるための戦略として、受託加工事業も行っている。受託加工のほとんどが、研究開発用の試作である。現在では、一品モノだけでなく小ロット生産も手がけており、売上も増加してきている。大井社長は「受託加工を通じて、世の中のトレンドを察知することができる。まさにアンテナの役割なんです」と語る。世の中の課題は何か?どのような加工が求められるのか?そのような技術動向を探り、次なる製品開発へと繋げているのだ。

 

物事を多面的にとらえ、世界市場を視野に事業を展開!

       クレステックの社屋。「CRESTEC」という社名は、技術の頂点を極めようという想いで付けられたものだ。  クレステックという社名の由来を、大井社長に伺ってみると、CREST(頂点)+TECHNOLOGY(技術)からの造語であるという。これには、「常に技術の頂点を目指し、お客様のために技術を使おう!」という意味をこめている。そして、会社のロゴでは、CRESTECの“C”が左右反転している。これも、「物事を多面的に捉えよう」という想いを表現したものだ。ナノテクノロジーには2つのアプローチがある。大きなものからより微細なものへというTop Downのアプローチ。そして、原子・分子の積み上げによるBottom Upのアプローチである。クレステックでは、今、両方のアプローチから、ニーズに合った装置の開発を行っている。先に開催された、国際ナノテクノロジー総合展(nano tech2003)において、日刊工業新聞社賞を獲得した『面電子源EBリソグラフィー装置』も、まさにそんな多面的なアプローチによるものだ。
  クレステックは、既に海外の市場に目を転じている。その足がかりとして、本年8月英国にクレステック・ヨーロッパを設立した。「ナノテクノロジーは今後、様々な分野に応用の利く技術。これから益々チャンスが広がっていくはず」と、大井社長の目は、既に“世界”を見据えている。

 
編集後記
ナノテクノロジーという言葉は、1999年9月にアメリカのクリントン大統領(当時)が提唱した「ナノテクノロジーイニシアチブ政策」、そして2000年1月の予算演説の中で「議会図書館の全情報を詰め込んだ角砂糖ほどの大きさの記憶装置、そして悪性の腫瘍を初期の段階で取り除く技術、これらを20年後に実現するため連邦政府が最大限の支援をするのです。」と例示し、5億ドルの予算を投じることを表明したことで一気に広まった。これを受け、日本においても、ナノテクノロジーを重点産業として位置付け、研究開発の機運が高まっている。
 ナノテクノロジーは、情報通信分野だけではなく、医薬、新素材、そしてバイオテクノロジーなど幅広い分野に応用が利く技術だ。現在、世界各国で国家を挙げて取り組んでいるこの技術は、どこの国にとっても、どの企業にとっても等しくチャンスがある分野ともいえる。大井社長は、仕事で中国を訪問した際、ある大学教授の論文を見てそのレベルの高さに「必ずしも日本がリードしているとは言い難い」と実感したという。

国内に目を転じてみると、「ナノテクノロジーの製造業で成功したと言える上場ベンチャー企業はまだ無い」と大井社長がおっしゃるように、中小企業にとってもまだまだこれからチャンスが広がる分野なのかもしれない。クレステックのような技術力の高い中小企業が、世界にはばたき、“ナノテク立国日本”と呼ばれる日を期待したい。

(取材日2003年9月22日)