CO.HACHIOJI元気な企業インタビュー

第55回 富士プリント工業(株)

会社の風土は、自分たちの手で!

取材先 富士プリント工業(株)(代表取締役 荒井眞澄)

所在地 八王子市下恩方町315-11

電話 042-650-8181

e-mail info@fujiprint.com

URL http://www.fujiprint.com/

代表取締役 荒井 眞澄さん

「こんにちは!」~平均年齢31歳という若い社員の元気な声が、すれ違う度に工場内にこだまする。「従業員全員が自分の仕事に誇りと夢を持ち、胸を張って『富士プリント工業』の社員です、と言える会社を作りたいんです」。

 下恩方の繊維工業団地にあるプリント基板メーカー「富士プリント工業(株)」の荒井社長(社長自身も43歳!)は力強くこう語る。

 

 

「1.5代目社長」として

 「『2代目』というと、とかく本業をおろそかにしたり、先代の培ってきたコネクションを反故にしたりして、会社を潰してしまうケースがよくありますよね。世間ではあまりいいイメージがないので、自分では『1.5代目』と呼んでいます。先代の築き上げた仕事の礎を更に固めながら、可能性のある新たな分野にもチャレンジしていく、という意味です。

3年前に社長を引継いで最初にした仕事は、経営理念を明らかにする、ということでした。“会社を倒産させない経営”というものをいつも考えています。それにはまずお客様に喜ばれる仕事をすることと、世の中のニーズに常にアンテナをはっている、ということです。

会社の成長とは、“当たり前”のことを“当たり前”にやることだと思います。もちろん、仕事の話だけではなく、個々人のマナーやモラルも含めて。例えば社員旅行に行った時、『富士プリントの皆さんは、お酒の飲み方は上品だし、お風呂場の使い方もとても綺麗ですね』と言われたい。理屈では良いと分かっていても人間なかなかできませんよね。仕事でも、習慣づけというのはとても大切だと思います」

       コスト意識を高めるため、設備の一台一台に時間当たりのコストが書かれたプレートが貼り付けられている。
       経営企画室長の冨田さんは30代。荒井社長は、こうした若手を積極的に起用し、社員もまた社長の期待に応えている。
 

 

60歳での“引退”

     繊維工業団地内の富士プリント工業社屋。  25年前、先代社長が大手メーカーを退職し、東浅川町に工場を借りて独立したのが始まりだ。八王子を選んだ理由は、当時すでに多くの中小部品加工メーカーが集積していたことと、繊維工業の隆盛地として「水回り」の心配がいらなかったから、とのこと。

独立時、前社の社員は一人も引き抜かず、親族を中心とする7名のスタッフでスタートした。長年の繋がりから、当時の仕事は主に京セラやパイオニアなど一流企業のプリント基板を受注し、好景気も幸いして順調に売上を伸ばしていくが、バブル崩壊に端を発する平成不況、中国を中心とするアジアの台頭など、業界を取り巻く環境は瞬く間に厳しさを増していく。量産から試作・開発へのシフト。工場の移転。中国への進出。18歳の頃から親の背中を見つめ、会社の歴史そのものを目の当たりにしてきた。
「以前から、相談役は『60歳になったら引退する』と宣言していました。会社経営には一切口を出さず、精神的な面も含めて影ながらバックアップしてもらっています。引退には勇気もいただろうし、ストレスを感じることも相当あったでしょう。『会社を存続させていくためにはどうしたらよいか』ということを考えた結論だ、と話していましたが」 代表者を後継に譲っても、自身は“会長”として経営に参画するのが通例だが、60歳の若さにして、きっぱり経営権ごと譲り渡すというのは、確かに度胸のいることだ。「全ては息子に託す!」と覚悟を決めた先代の心意気と、自分を信頼してくれていることに対する感謝の気持ちを、荒井社長は片時も忘れることはないという。

      ミーティングルームに掲げられた経営理念。社訓は「感謝」。「簡単な言葉ほど、実行するのは難しい」と荒井社長。

 

 

EMS事業を“第二の核”に

 現在の売上の中心は、試作・開発系のものだ。この数年の間に、これまで当社を支えてきた量産型の受注は急激に縮小した。そこで、ナイキ・シューズの製造で有名な中国大手・宝成グループ企業「信元実業」と提携し、日本で製作するものと同等のクオリティーを維持しながら、小ロットにも対応する電子機器生産受託サービス(EMS)事業を始めた。今後、“プリント基板の専門商社”として、中国での生産比率を全体の3割に引き上げたい、とのことだ。

仕事の質の高さは、大手電機メーカーの認定工場に指定されていることからも明らかだ。「プリント基板の製造は、そこそこの物ならどこでもできる」と荒井社長。その中で差別化を図っていくため、充実した生産体制のバックボーンを武器に積極的な営業活動を推進し、24層もの多層基板の製作やピッチが70ミクロンといった難易度の高い仕事を、高品質、高性能、短納期で実現する。

「プリント基板は、試作品の開発の中で、最後に図面が仕上がるにもかかわらず、一番最初に納品しなくてはならない部品です。いいものを少しでも早く納品するために、工程、製品管理は常にチェックをしています」。

大手の信用を得るための経営努力は、並大抵ではない。

    10層以上の高多層プリント基板を最短2日で納品するスピードが当社の売り。
    仕上検査部門。ISOに基づき徹底した品質管理がなされている。

 

異業種交流、産学連携で自身を磨く!

     設計室。 1枚単位の試作から量産まで、全て社内での一貫製造が可能だ。  農工大との異業種交流会、東大、千葉大との産学共同開発など、交流・連携事業も同時に進めている。先代の社長が、こうした交流に積極的だったそうだ。
「産学連携は、確たる目的をもって進めていかないとうまくいきませんね。千葉大との連携では、これまでとは全く違った発想の商品を開発しています。一つは“はんだ”に関するものと、もう一つは、ある特殊な性質を持った“インク”についてです。もうすぐ皆様にも発表できると思います。異分野の業種の方や大学との交流は、これからの時代の方向性や事業展開のヒントを得る上で、非常に価値があるし、勉強になります。ビジネスばかりを期待して交流会に参加している企業もいますが、それだけだとなかなか続かないですね」。順調そうに見える荒井社長だが「技術者」がなかなか定着してくれないのが悩みとのこと。「ここ一番の時に頼りになる、経営者感覚を持った技術者がどうしても必要です。営業は営業、技術者は技術者とただ個々の仕事をこなしていれば良いというのではなく、組織や全体の流れを意識して仕事のできる人材を求めています」

後継者不足に悩む同業者が多い中でのスムーズな世代交代、若さ溢れる企業風土を作りつつある富士プリント工業。新規取引を決めたメーカーの社長に「社員の若さに未来を感じる」と言わしめた「1.5代目」社長の真価が問われるのは、これからだ。

     製造部課長の森山さん。製造工程を詳細に説明いただいた。

 
編集後記
 43歳の荒井社長が最年長、企画部門を全面的に取り仕切る冨田さんや、工場を案内いただいた製造部課長の森山さんはまだ30代の若さだ。総勢50名の若い感性が、“厳しい不況どこ吹く風”と、富士プリントを盛り立てる。
 人的コストだけではなく、“質の向上”をも達成しつつある中国。その一方で、精密化、複雑化しているが故に、国内への“揺り戻し”が起きている分野がある。「携帯電話」や「デジタルカメラ」などがそれだ。これらのハイテク、ナノテクを駆使したエレクトロニクス産業は、まだまだ中国でも追いつけない。カーナビ、パソコン、ビデオ、プリンター、電子レンジ、etc・・・。それらの製品一つ一つに、当社の基盤が搭載されている。

常に一歩先を見据え、どこにも真似のできない高付加価値製品の開発に向けた様々な荒井社長の取り組みを、当協議会としても応援してきたい。わが町・八王子には、元気に輝いている中小企業は、まだまだ、たくさんあるのだ。

(取材日2003年9月30日)