CO.HACHIOJI元気な企業インタビュー

第27回 (株)ティケイワイプロダクツ

どこにもできない加工を実現する

取材先 (株)ティケイワイプロダクツ(代表取締役 原嘉大)

所在地 八王子市美山町2161-15

電話 042-650-7531

e-mail k-hara@tky-products.co.jp

URL http://www.tky-products.co.jp

 ティケイワイプロダクツは緑に囲まれた美山工業団地の中にある。

“精度の追求”をセールスポイントに、他社ではやらないもの、やりにくいものにあえて挑戦し、半導体や工事用カメラの精密部品加工で実績を上げているのが株式会社ティケイワイプロダクツだ。同社を精度と品質で顧客からの絶対の信頼を得る会社に育ててきた2代目社長・原 嘉大(はら かずお)さんからお話を伺った。

 

 

2代目社長の思いを込めた社名・ティケイワイプロダクツ

 ティケイワイプロダクツは、昭和37年、嘉大さんの父・毅(たけし)さんが現在のJR西八王子駅近くの散田町に創業した原製作所に始まる。毅さんは創業前、防衛庁技術研究所に籍を置いていたというもっぱら職人肌の経営者で、「意に染まない仕事は見向きもしないが、これと思った仕事なら日曜祭日もなかった」という仕事ぶりだったそうだ。

「父のやり方も1つの経営方法だが、これから30年間自分が経営責任に当たると考えると、今までの方法を変え、会社を大きくしていきたい」と考えた原さんは、25歳で会社を引き継ぐと、すぐに経営に大鉈を振るった。まず、平成3年に本社工場を美山工業団地に移転し、さらに平成4年には組織を株式会社化して社名を現在のティケイワイプロダクツに変更したのである。もちろん、「自分のがんばりと共に、周囲の理解と協力があって始めて会社経営は成り立つ」ことも分かっていた。父、自分、そして弟の名前の頭文字をつなげた新社名には、そういう2代目経営者のすべての思いが込められていた。

 

コンピューター制御の工作機械の導入

 原さんが取り組んだもう一つの変革はNC旋盤やマシニングセンターといったコンピューター制御の工作機械の導入だった。継承当時の同社は下請の下請、いわゆる孫請けの立場だった。そういう下請からの脱却を図るには他社に先駆けて工作機械の近代化を図るしかない。しかし、当時はコンピュータマシンはまだまだ町工場規模の企業には巨大な設備投資だった。それでも、嘉大さんは経営刷新に向けて思い切ったのである。事業継承以前から、パソコンの導入等のコンサルティング会社シーガル(第24回掲載)の桑山社長からのアドバイスでソフトウェアの勉強などを始めていた嘉大さんには、コンピューター制御の新鋭機の導入は迷うことなく踏み切れる選択だったからである。
その結果はすぐに出た。従来に比べ製造量に格段の差が出たのである。「直線だけの加工ならば同じものを何個でも作れる職人も、円弧が入ると同じものを作り続けるのは難しい。ところが、機械は直線ものでも円弧ものでも、1個1個誤差なく同じ物ができ、しかも、加工時間も短縮できる」。それが目に見える形で現れたことは、「どこもできない加工を実現する」ティケイワイプロダクツの基礎となったのである。

 

 

技術の共有化が『技術者集団』へ

 機械設備の最新鋭化を進める一方、原さんは社員の研修にひときわ熱心である。機械部品加工、とりわけ精密加工は「NC旋盤さえ使えば誰でもできる」というものではなく、やはり、最後は「機械を使いこなす人」がどの程度、どれだけいるかが決め手になるからである。そこで、ティケイワイプロダクツでは、社員(初心者)が入社するとすぐにメーカーが運営するNCスクールに入れて研修を受けさせている。当然、個人差が生じるが、それも研修の成果として配置の目安に活用する。「教官からどの程度までプログラムを使えるようになったかどうかを聞いて仕事をふり分けている」のである。

もう一つの人づくりのための工夫が「技術の共有化」である。NC旋盤加工とマシニングセンター加工が同時にできるようになった現在では、「ひとつの工程を削減すればより良いものができる。それにはプログラムを組めなければ意味がない」。このプログラミングも機械的にできるというものでもなく、ひとりひとりの工夫やアイデアでつくられていく部分がある。そこで、「1人が持っている技術は共有化を図り、他のものに伝授していこう」を社長も含め、全員で進めているのである。「これが今、ティケイワイプロダクツの技術を着実にステップアップさせてきている」と原さんは語る。

 

『手間を惜しまず基本どおり』がモットー

 原社長のモットーは「手間を惜しまず、基本通りにやる」。自らこれを実行し続けてきている。1つは、毎日のように得意先に出向き、担当者たちと時間をかけて話をしてくるのである。実際、「こういう雑談からビジネスチャンスになることは多いですよ」だそうだ。

「バブル真っ盛りの頃は苦労しないで儲かる仕事があったし、ほとんどの会社はそれで左うちわで遊んでいた。私は、そういう時期に”今こそチャンス”と思い、手間を惜しまず基本通り積極的な営業活動を展開して、よそが嫌がるような仕事を進んで受けたのです。それが確実に今の取引につながっていますね」。モットー実践の効用の1つである。

また、「取引先を広げて仕事を受けるのではなく、ある程度絞り込んだ取引先の中でティケイワイプロダクツは常に取引相手としてAランクに位置づけられていないと意味がない」。自社を明確に位置づける原社長は「そのためにはティケイワイの製品なら納期や品質は絶対に良いという信頼を勝ち得ること」だと考えている。そこで、同社では品物には必ず自社保有の3次元測定器で測った製品の精度のデータをつけて納めている。「今では、さんざんたらい回しになった仕事が巡り巡ってうちにやってくることも少なくないですね」。これもまた、モットーの効用の1つである。

 さらに、ティケイワイプロダクツは昨年の12月に東京都産業労働局に東京都経営革新支援法承認企業にエントリーをした。その結果、この2月にその内諾を得たという。この承認企業になるには、付加価値を創造するなどの、今後における経営革新計画が認められなければならないという厳しい審査があるわけだが、原社長の行動力で見事に難関を突破したのである。

 

 

今後の事業展開は模索中

 例えばオイルショックや円高不況とった時代の荒波のなかでも確実に事業の舵を切ってきた原社長だが、昨年の半導体不況は「最大のピンチだった」と受け止めている。取引先の製造装置メーカーのラインが止まってしまったあおりで、主力製品の半導体部品製造ラインを週に2日は止めざるを得なかったのだ。

「現在はやっと落ち着きましたね」とのことだが、原社長にはこのピンチも今後の事業展開を描くきっかけとなりつつある。「2年前までは、今の仕事を継続していけば何とかなると思っていたが、もはやそうではない。これからはプロフェッショナルな企業が必要に応じていろいろな集団や連携をつくっていくだろうから、その時、必ずその中の1つになっていたいですね」。現在はそういう企業体質に転換するための情報を収集している段階とのことで、そのため、機会があれば異業種交流会や展示会にはできるだけ足を運んでいるという。

また、「私は、50代になったら、経営感覚豊かな若手に経営をバトンタッチしたいと考えているんですよ」。原社長は今、そう考えている。自らも若くして経営のバトンを受け継いだ経験者として「もっと若い世代に任せれば無限に伸びる可能性がある」と思うからだ。ところが、同時に「自社も含めた製造業の課題は後継者問題に尽きる」とも感じている。

「日本の場合、中小企業は会社として融資等を受けるにも社長自身の個人資産が担保になる。経営を子供に引き継がせるならまだいいが、第3者に引き継がせるとなるとそのことがネックになる」。後継者にバトンタッチするための仕組みがまずいこと、これが最大の問題だという。解決策として「日本の産業を活性化するには、今の金融システムを変えてもらいたい」と結んだ原社長。自分がトップであり続けることより、企業が時代に応じて生き続けることに重きを置く経営者には課題も対策も明確なのである。

 
編集後記
 ティケイワイプロダクツのホームページはサイバーシルクロードの会員の方々にコンベ方式で募ったもので、会員間のビジネス交流の先陣をきった。「HPは自社の技術や機械をさらけ出す形になるので、抵抗はあったが、恐れていては今の時代、何もできない」がHP作成の理由である。提案をいただいたものは皆それぞれ良かったそうであるが、最終的には、質問をした時のレスポンスが良かったところに決めたとのこと。

「企業間取引もEメールが使えないと相手にもしてもらえない時代になった。だからこそ、任せぱなしにするのではなく、できるだけ自分で写真を撮り、自分もHPづくりに参加するよう心掛けている」という原社長。こういう前向きな心意気がある限り、ティケイワイプロダクツは進化し続けるのではないだろうか。

(取材日2002年2月11日)