CO.HACHIOJI元気な企業インタビュー

第68回 吉野化成(株)

市場シェア独占を続ける開発先行型プラスチックフィルムメーカー

取材先 吉野化成(株)(代表取締役社長 吉野 孝典)

所在地 八王子市下恩方町1069-3

電話 042-651-3885

e-mail info@yoshinokasei.co.jp

URL www.yoshinokasei.co.jp

代表取締役社長 吉野 孝典さん

 ここ数年、市場拡大を続けるプラスチックフィルム産業。1兆円を超えるこの巨大産業プラスチックフィルムはプラスチック製品の中で最大の規模を誇っている。そもそもプラスチックフィルムは樹脂の特性から用途範囲は多岐にわたり、スーパーのレジ袋など日常生活から食品包装、医薬品、建材、エレクトロニクス分野、産業用資材など数多くの場所で使われている。

 この市場へ次々に斬新な新商品を開発し、徹底した経営理念のもと躍進し続ける開発先行型企業、それが下恩方町の繊維工業団地裏手にある吉野化成株式会社である。今回は吉野化成株式会社 代表取締役社長 吉野孝典(よしの・たかのり)社長 にお話を伺った。

 

 

 

0(ゼロ)の知識から始めた開発者

 吉野化成は先代の父吉野 孝氏が創業した会社である。孝氏、孝典氏はそれぞれ興味深い経歴を持っている。

先代・孝氏は地元下恩方町に生まれた。昭和30年代に吉野自動車を創業し、販売、修理を手掛けていた。会社経営も順調に進んでいたが、親族に経営を譲り、新たな分野に挑戦することを決意する。

そこで、昭和42年、元八王子町に借家を借り、ポリ袋の製袋加工業を機械2台で始めたのである。折りしもポリ袋の黎明期。ごみの収集作業が機械化され、ポリペール(ゴミ箱)とポリ袋による収集が一般化され始めた頃である。その後、急速に普及し、現在ではポリ袋なしにごみの収集は考えられない状況になったことは言うまでもない。

しかし、その“追い風”は、そう長くは続かなかった。オイルショックによる材料不足、そして競合他社の追随である。先代は、「他社に先駆けて新製品を!」という想いから、試行錯誤の末、ついに日本初の透明度の高い「高透明ポリエチレン」の袋を開発したのである。この袋は、中身が新鮮で美味しそうに見える上、耐寒性に優れていることから、主に野菜や果物など生鮮品を梱包する用途で使われた。ポリエチレン(PE)とは、私たちにとって最も馴染み深いモノである。特徴は、原料費が安価で成形しやすく、色々な用途に適している点である。熱には弱いが、寒さには強くマイナス20℃程度の耐久性は維持できるそうだ。

常に先手を打つが如く、先代の開発は続き、現在主流となっている炭酸カルシウム入りポリ袋を開発するに至った。他社が追随し始めると、どうしても価格競争に陥ってしまう。そこで、先代は、誰もやったことのない未知の領域へ挑戦することで、優位性を保っていたのである。こうしていくつものテーマを探しては同時並行して研究・開発にのめり込む根っからの開発技術者であった。

八王子市下恩方町に立地する吉野化成
社内には大小様々な製造装置が並ぶ。

夏場には40度近くにもなるという

 

 

開発に賭ける熱意が、特許商品へと結実!

製造装置にも吉野化成ならではの工夫が

施されている

 その後、登場するのが建築現場や自動車塗装で使われるマスキングフィルムである。ロングセラーとなったこのフィルムは、原材料が高く、かつ加工しにくいため手を出す事業者が少なかった。ポリエチレン(養生)シートは、元々チューブ状に加工したもの(巻き取ったもの)を切り開いてシート状にする。そのため、マスキングフィルムとして機能させるための表面処理(放電処理)は外側しかできなかった。表面処理は、塗装時に塗料が流れ落ちないために施す処理である。マスキングテープとポリエチレンシートを融合した新製品を開発するにあたり、どうしても使い勝手を考え、内面にも表面処理を行う必要があった。内面を表面処理することにより、折りたたまれたシートを開いた時に裏表区別することなく使用できる。まさにユーザーの視点に立った開発を実践していることの現れである。 両面に表面処理を施す術はないだろうか?方々探した結果、大手化学メーカーが保有している特許技術(内側放電処理技術)に辿り着いた。熱意を持って、メーカーと交渉した結果、独占的使用権を獲得するに至ったのである。

これを機にマスカーテープを完成、平成5年頃には試験販売を開始し、その数年後にはヒット商品となったのである。特許を取得したこの商品、建築塗装用で開発したもので、従来塗装現場ではマスキングテープと新聞紙を使用していたものの、“新しい道具”を積極的に取り入れる若い職人を中心に普及し始めたという。

特許商品となったマスキングフィルム
 今では更なる改良を重ね、成形特性を変えることにより、縦方向にカットできるような工夫が為され、ユーザーにとってより使い勝手の良い製品へと進化を遂げている。

 

 

心臓外科医からプラスチックフィルムメーカーへ転進

 吉野さんは医学部を卒業し心臓外科医として活躍していた。その環境から一転して中小企業の後継者として類い稀な転進で父が経営する会社に入社したのである。「父からは家業の話は何度も聞いたが、一度も継いで欲しいと言われたことはありませんでした。世の中に心臓外科医はたくさん居る。しかし、吉野化成を継げるのは自分だけだと思ったのです。」と、吉野さんは当時を振り返る。同時に、「医者の世界では30代ではまだまだ若輩者。しかし、社長になれば自分の意志で采配を振るうことが出来る。これは男冥利に尽きます。」とも語る。

入社後は、まず製造現場に入り一連の製造工程を学んだ。しかし、その一年後、不運にも交通事故に遭い、現場から一転して事務方に移ることになった。そこで、吉野さんは愕然とすることになる。当時既に売上は12億円に達するほどであったが、なんとそろばんや電卓で経理をこなしていたのである。平成10年のこと、既にパソコンは各家庭にまで普及していた頃である。そこで、まず吉野さんが行ったことは、徹底した事務の効率化を図るため、受発注、生産管理、販売、在庫管理が一括して把握できるシステムを導入したのである。

  さらに、内部を見渡すと、仕事のやり方がドキュメントで残されていないことに気付いた。先代は、まさに職人気質の人間。マニュアルなど無かったのである。そこで業務の標準化を図るためISO取得を提案した。先代は事業活動の利益に直結しないことに何百万円もかけられないということで反対したが、幸いにも東京都の助成金制度の申請が受理されたことが後押しとなり、先代の了承を得ることができた。ISO取得準備を着々と進め、いよいよ最終審査を迎えるという時、予期せぬ事態が訪れるのである。吉野化成の礎を築いた先代の突
心臓外科医から転身した当時を語る吉野社長
出荷待ちの製品。しっかりとした生産管理

により余分な在庫を持たない

然の死であった。取引先との関係も不十分なまま、突然社長という重責を負わなければならなくなってしまったのである。

それ以後、取引先からの対応が厳しくなり、売り上げは7割までに落ち込んでしまったのである。吉野さんは、「従業員には迷惑をかけたくない。」という強い思いで、給料や人員削減は全く行わず、徹底した経営効率化と社員の意識改革を行うと同時に、仕入先、取引先を足しげく回り、信頼回復に努めた。「医者に、製造業の社長が務まるのか?」と笑われることもあったという。そうした努力が実り、会社は業界ではトップクラスの低ロス率を実現、売上も順調に回復させたのである。

 

コミュニケーションによる意識改革と徹底した品質管理

製品一つ一つをバーコードで管理。

品質管理には最大限の努力を行っている

吉野さんが意識改革に着目したのは医局時代の経験があったからだ。長野県内のとある病院に赴任した時のこと。吉野さんが院内に入ると、まず驚いたことは、すれ違う職員が皆気持ちよく挨拶をすることだった。それは院長の経営方針の一つであった。そもそも病院とは、医師、薬剤師、看護士、放射線技師など、専門家集団である。それ故に、プライドのぶつかり合いになってしまうことが多いという。院長は、「“挨拶”はそれぞれの専門知識を活かし、互いに尊敬し合い、仕事をするために基本となるもの。これが、病院の質やサービス向上につながる。」と吉野さんに教えた。確かに、この院長の赴任以来、それまでバラバラだった職員の意識が変わり、経営が格段に改善されたそうだ。この経験が現在の会社経営に活かされているという。吉野化成では、製造、事務、営業、資材・・・互いの存在があるからこそ仕事ができるという意識を、社員一同共有できている。 また、吉野さんは、品質管理にも重点を置いている。それは製品一つ一つにバーコードのついたラベルを貼り、ロット番号による徹底した品質管理を実現。製品の製造データは、製造現場に設置してあるバーコードリーダーを通じて、「いつ、誰が、どの装置で製造したか、品質が基準通り満たされているか」といった情報が、随時コンピュータに取り組まれる。取り込まれた製造データにより、製品の進捗状況、在庫数量等、最新の情報が把握出来るようになっており、営業の窓口である事務員がお客様からの問い合わせに対し迅速に対応できるシステムだ。万が一不良品が発生した場合は、ラベルのロット番号から製造データを辿ることにより、不良品の発生原因を究明し、再発防止に積極的に取り組むことが出来るのである。こうした努力により、業界平均のロス率が5%~8%程度と言われる中、2%という低率を実現しているのである
材料を熱で溶かし、チューブ状になって

フィルムが出てくる

 

 

「停滞は退歩である」・・・経営理念として更なる事業展開を模索

 今後の展望については、今のコアコンピテンスは活かしつつ、売上・利益率向上に努めたいと考えている。今のビジネスは、言わば“父の遺産”であり、自分の代で新たなことにチャレンジしたいとのこと。具体的には明かしてはくれなかったが、吉野さんの頭には新規ビジネスの構想はできているようで、機が熟したらチャレンジしたいと考えているようだ。

大学時代の恩師が言った「停滞は退歩である。」という言葉が非常に印象に残っており、自社の経営理念にも引用されている。先代から脈々と伝わる“新たなモノへ挑戦”する精神は、吉野さんによって更なる飛躍を遂げそうである。最後に、「私達は、利益はもちろんのこと、お客様にとって頼りになる企業を目指していきます。」と力強く語った吉野さん。若き社長の目は、既に“次”を見据えている。

吉野化成の製品群。

斬新なアイデアで次々とヒット商品を生む。

 
編集後記
 皆さんはご存知だろうか。普段スーパーなどでもらう「袋」を「ビニール袋」と呼んでいるが正式には「ポリ袋」と呼ぶ。
 「ビニール袋」は水素・炭素・塩素を素とする塩化ビニル樹脂製でできているが、「ポリ袋」は水素・炭素を素とする合成樹脂で作られるポリエチレンまたはポリプロピレンである。だから「ポリ袋」と呼ぶのである。「ポリ袋」は焼却しても水と炭酸ガスになり、塩化水素などの有害なガスを発生させないため広く流通され、私たちの身近なところで使われている。業界の人はちゃんと呼び分けている。豆知識として是非覚えて欲しい。

吉野化成は社屋概観では想像つかないが、製造業に付いて回る3K(きつい、汚い、危険)に該当する。一般に製造業全体として言える事だが人材の定着率は決して高くはない。そんな背景の中、吉野化成ではここ数年前から採用にあたって、社会経験があり妻子のある方を積極的に採用しているそうだ。それは社員の物事に対しての責任の重さや仕事をやり抜く信念が違うからだろう。従業員は27名3交代制で24時間フル活動している。そんな27名の従業員がいきいきと働いているのは吉野社長の人柄とコミュニケーションが図られているからだ。

若くて、温和で、誰にでも親しみのある吉野社長は同世代との交流も積極的で、我々事務局との年齢の差もないせいか、ざっくばらんに裏話も伺えた。

会話の中で時折見せる吉野社長の視線は次の展望を見据えている。

(取材日2006年9月22日)