CO.HACHIOJI元気な企業インタビュー

第14回 (株)創業

新素材でライフスタイルが変わっていく快感

取材先 (株)創業(代表取締役社長 丹後洋)

所在地 東京都渋谷区1-11-6渋谷111ビル3F

電話 03-6419-3235

e-mail hiroshi-tango@big-frontiers.co.jp

URL http://www.big-frontiers.co.jp/

 (株)創業のロゴ。社名には丹後社長の意思が込められている。

ブロードバンド時代の到来が近い。通信速度はどんどん速くなり、誰でも大容量データを瞬時に送受信することが可能になりつつある。テレビと変わらない気軽さで世界中のコンテンツをオン・デマンドで楽しむことができる世の中・・・ブロードバンドは私たちに新しいライフスタイルをもたらそうとしている。このブロードバンドを可能にする通信インフラの本命は光ファイバーである。 (株)創業は、この光ファイバーやデジタル映像伝送装置の輸出入・製造・販売等を行う社員13名のベンチャー企業だ。今回はこの小さな企業の大きな試みについて、社長の丹後 洋(たんご ひろし)さんとマネージャーの斎藤 八須二(さいとう やすじ)さんを取材した。

 

 

『デジタル映像伝送』は通信業界の未来を担う!

現在TV等で見ることができる映像はほとんどが電波によるもの。創業が事業展開を狙っているのは「光通信ネットワークによる映像の伝送」である。光通信ネットワークは天候やノイズに左右されないため、安定した映像伝送が可能だ。またTV放送に加えてインターネット等の従来の通信サービスも併用できるので、番組中のチケット購入やアンケート実施のような双方向の情報交換も可能となる。来るデジタル放送時代に期待されている「放送と通信の融合」が実現されるのだ。「5~6年後にはパソコンでTVを見るのも当たり前になる。」と丹後社長は確信している。
  もちろん、その実現には大容量データを瞬時に送信できるようなブロードバンドのインフラが不可欠。創業が扱っている光ファイバーや光通信用の映像伝送装置がそのインフラそのものなのである。「『デジタル映像伝送』ができるか否かがこれからの通信業界の勝敗を分けます。」と丹後社長。変化の目まぐるしい通信業界のベクトルがどこに向かうのか、丹後社長には明確に見えている。
 

 

創業が新たなマーケットをつくる!

 「ブロードバンド」はようやく最近になって一般的になってきたが、創業が立ち上がった平成8年頃は「インターネット」がようやくはやりかけていた程度。「ブロードバンド」などは光も当たっていなかった。そういう頃から、創業は数年後のブロードバンドと映像伝送時代を見据えて、光ファイバーやデジタル映像伝送装置の輸入販売を開始していたのだ。

当然ながら当時の日本にはマーケットなどなかった。従って、創業はまず売る以前に需要の掘り起こしをしなければならなかった。「他の企業が扱っていない分ビジネスチャンスには恵まれていましたが、見えない需要を掘り起こしていくのは大変でした。」と斎藤マネージャーは当時のことを振り返る。まさに創業が新たなマーケットを作り出し、自らの事業も創造する必要があったのだ。

 

 

不屈のベンチャースピリッツは創業にあり

その一方で丹後社長は「ベンチャー企業は他の会社がやっているような二番煎じではダメ。まだ誰も手をつけていないことでこそベンチャーでも大手企業に勝つことができる」と言う。

まさにベンチャー起業家のフロンティアスピリッツそのものの言葉だが、その精神は平成12年に見事に開花した。7月に開催された沖縄サミットの期間中に実験的に行われた初のデジタル放送で、創業が手がけた米国製の映像伝送システムが採用されたのだ。さらにこの実績が追い風となり、同年12月から始まったBSデジタル放送でも、デジタル回線の大半に創業が手がける映像伝送システムが採用されることになった。両ケースとも並み居る大手企業を押さえて勝ち取った小さなベンチャー企業の快挙であった。

  ところが、不幸にもBSデジタル放送で採用された映像伝送システムに3ヶ月後トラブルが発生してしまい、メーカーが原因究明をギブ・アップしたため、結果的に大手企業製品に置き換えられてしまったのだ。「あの時はショックでしたね」と斎藤マネージャー。しかしながら「2度の大舞台で(一時的にしろ)2度とも大手に勝ったという事実は、我々にとっては大きな自信になりました」と力強く語るのだった。このベンチャースピリッツこそ創業の大きな武器なのかもしれない。

 

新素材でライフスタイルが変わっていく快感・・・・

丹後社長は大学卒業後、日本鉱業(今のジャパンエナジー)の新素材事業部に16年間勤務していた。時は1980年代。世はダウンサイジングの潮流にあり、新素材によって身の回りの生活用品がコンパクトかつ便利なものに変わっていく時代だった。

当時の日本鉱業は新素材部門ではトップレベルにあり、早くから光ファイバーも研究していたそうだ。ところが、90年代になると一連の“新素材ブーム”は一気に縮小してしまった。「新素材で世の中を変えていくやりがいにハマッていましたからね。行き場を失いました」と丹後社長。入社以来「15年で会社を卒業する」ことを漠然と考えていたこともあり、思い切って会社を飛び出したのだった。

 その後ややあって起業に至るが、待ち構えていたかのように光ファイバーを中心とした今までにない事業に着手した。「(もともと知識もあったが)やはり自分の手がけるものでライフスタイルが画期的に変わっていく快感から離れられなくて…」と丹後社長は起業の動機を語る。気がつけば、斎藤マネージャーを始め、かつての日本鉱業の同志が7名も創業に集っていたとのことだ。

 

 

新境地の開拓

光通信業界は10社のうち1社しか残らないと言われるほど厳しい業界。そこにきて昨今のITバブル崩壊のあおりを受け、創業も厳しい局面を迎えている。しかしながら「2~3年後にはFTTHが全家庭に整備されます。そうなれば間違いなくデジタル映像伝送のニーズは大きくなる」と丹後社長は気合が入る。ブロードバンドがもたらす私たちのライフスタイル革命は、創業によって実現されるかもしれない。

「創業」は英字社名表記を「FRONTIERS(=(the~)最先端分野)」としている。これは、「創業」という社名に「起業」の他に「最先端分野の開拓」の意味が込められているからだ。設立以来「ブロードバンド通信ネットワークによるデジタル映像伝送」という最先端分野を徹底して開拓し続ける創業。社名に込められた志に一切のくもりは見えない。

 
編集後記
私が(株)創業というエキサイディングな社名の企業が八王子に存在するのを知ったのは、昨年10月に行われたサイバーシルクロード八王子の設立フォーラムである。パネルディスカッションで壇上に上がっていた丹後社長は「株式会社 創業を創業した丹後です。」と自己紹介をし、一発で聴衆の心を掴んでいた。

かくいう私もその心をつかまれた聴衆の1人。社名がかっこいいことも然る事ながら、光ファイバーという最先端メディアを扱う事業内容も当時の私にはセンセーショナルであったことを記憶している。

今回そんな創業への訪問が満を持して実現でき、丹後社長からじっくりお話を伺うことができた。ブロードバンドはライフスタイルを劇的に変える。それを八王子のベンチャー企業がもたらそうとしている。何とかっこいい話ではないだろうか・・・・

 とかく欧米諸国や韓国に比べてブロードバンド・インフラの整備が遅れていることを指摘されている日本。実は人口一人当たりに換算すると光ファイバーの敷設量は世界一ということはほとんど知られていない。私たちの直ぐ側に良質なブロードバンド・インフラが敷かれていながら、ほとんどが一般開放されていない眠っている光ファイバーなのだ。実に残念な話だ。

こうした現実を打破し、新しいライフスタイルを手に入れるためにも創業の今後の活躍に期待したい。

(取材日2002年7月31日)